K女史に会いに行った一日

 

「昼食でも一緒にいただきましょうよ」とK女史から電話があった。

実は、私が32歳の頃、三重県伊勢市を中心とした情報誌「ふるさとジャーナル2001」の家庭欄に記事を書かせていただいていた。

その時、編集長から紹介していただいたのが、K女史だった。

当時、編集長が「K女史」と呼んでいたので、私もそう呼ぶようになった。

彼女は、その頃、レタリングの仕事とコピーライターとして活躍されていて、私も少しお手伝いをしたことがあった。

とても厳しい方で、私は、その頃、上手く描けなくて泣いていた。笑

 

それから55年の月日が流れ、、、

 

私は、68歳、K女史は、88歳になられた。

今もいたってお元気で、若い頃からずーと絵を描いておられる。

「90歳になったら、銀座で個展するのよ」と、、、今、制作中だった。

85歳の時は、名古屋でされたし、節目節目で個展をされている。

 

女性は、おしゃべり文化、、、

 

家庭料理をご馳走になりながら、朝の11時にお邪魔して夜の7時まで話が弾んだ。

なんと8時間! でもまだ足りなかったけど。笑

軽い話から深い話まで、、、すごく楽しかった!!!

彼女の絵の作品のこと、私のガラス作品のこと、ジャーナルの亡き編集長のこと、文学の話、暮らし方のこと、神のこと、自然のこと、ファッションのこと、料理のことなどなど、、、まだまだたくさん。

 

そんな話の中で、、、「神はすなわち自然のこと」

 

私は、ガラスの作品「顔シリーズ」の一つを持参していた。

是非とも彼女に見て欲しかった。

 

 

 

素晴らしいと言ってくださった!

 

そして、私は言った「本当に数えるほどしかないけれど、勝手に手が動いて、作れているんです」と、、、。

「笑われるかも知れないけれど、そう表現するしかないんです」と言った。

 

彼女は、すぐに分かるとおっしゃった。

 

「貴女の作品は無作為だ。それがどれだけ素晴らしいことか、、、!」

「結局、欲が出て、こうしてやろう、このように作ろうとか思ってしまうけれど、そんなことなく、自然に任せる、、、つまり神に任せている。だから、自然と手が動くのよ!」と。

 

「貴女は、その自分の価値をあまり解ってないでしょう。一点ものの素晴らしいことを」

 

そして、二人の結論?は、自然は偉大と言うことに行き着いた。「神はつまり自然のこと」だと、、、。

「だから、二度と同じものはできない、、、一点ものの価値は大きい」

 

そう言えば、大きさに関係なく、アクセサリーの伊勢志摩シリーズのピアスやペンダントだって、二度と同じものはできない、一点ものなんだなぁ。まるで他人事のように、自分で感心してしまった、、、。

作っている私が、今ごろ感心していたら、、、あかんなぁ、、、笑

そう言えば、ある顧客さまに言われた事があった。

「一菜子さんにこれ素敵ですね!って言うと、”ほんと素敵ですね”って、いつも、まるで誰かが作ったように言うのね」って。

私は、普段から自然とそう言っているんだ〜と、、、自分から出る言葉も自然なんだな〜と気が付いた。笑

 

「もし、ここに編集長がいらしたら、、、どうおしゃるかしらね。面白い話がたくさん聞けたわよね」とK女史が言った。

そう!今なら私もかなり深い話にも着いていけたのに、、、と残念に思った。

 

人の出会いは「縁は異なもの味なもの」

 

私は、目上の友人(友人と呼んでイイのかどうか?)が多い。

そのため、このK女史を除いて、もう皆他界されてしまったが、今の私があるのは、少なからず、彼らの影響も大きいと思っている。

そして、私が一番苦しかった時に助けてくださったのも彼らで、彼女もそのお一人なのだ。

もう、彼女しか残っていないけれど、、、、、。

人の出会いは、、、不思議だ。これもまた自然のことだ。

感謝しかない。

出会う人によって人生は大きく変わる!

 

さて、これからの私の出会いはどうなのだろうか?

これからの良き出会いを願いながら、、、